J.S.バッハ(Johann Sebastian Bach)の生涯です。
(骨子はできていますが、細かい部分を少しづつ追記しています)









〔アイゼナハ時代〕   1685年(0歳)-1696年(11歳)
年齢
記       事
1685
0
3月21日
誕生。ドイツ アイゼナッハにて。父ヨハン・アンブロージウス・バッハ、母エリザベート。8人兄弟の末っ子。父ヨハンの職業は町楽師(宮廷のトランペット奏者)。

3月23日
アイゼナハ、ゲオルク教会で受洗。

5月22日
兄ヨハン・ヨーナス(1675-85)埋葬。
1686
1
5月3日
姉ヨハン・ユディータ(1680-86)埋葬。
1691
5
4月5日
兄ヨハン・バルタザール埋葬。
1693
7
聖ゲオルク教会付属ラテン語学校に入学。学生合唱団に参加。ソプラノを担当。学校の出席率は悪かったが成績は優秀。
1694
9
5月3日
母エリザベート没。

5月
母エリザベート(1644-94)埋葬。

11月27日
父ヨハン・アンブロージウス再婚。バルバラ・マルガレーテが義母となる。
1695
10
2月20日
父ヨハン・アンブロージウス(1645-95)没。

3月4日
義母バルバラ・マルガレーテが、市参事会に半年分の俸給死後特賜を請求するが却下。遺族は1ヶ月半の俸給死後特賜で追い払われる。

〔オールドゥルフ時代〕   1696年(11歳)-1700年(15歳)
年齢
記       事
1696
11
義母バルバラは自身の故郷アルンシュタットへ帰る。

7月20日
バッハは孤児となり、兄ヤーコプと共にオールドルフ(町)でオルガニストをしていた14歳年上の長兄にひきとられる。同地ギュムナ・ジゥム高等中学校に転入学。この時期からバッハの音楽的教養は著しい進歩を示した。
 
パッヘルベル(作曲家)に影響を受ける。

〔リューネブルク時代〕   1700年(15歳)-1702年(17歳)
年齢
記       事
1700
15
3月15日
長兄のもとを離れ一人立。北ドイツのハンザ都市リューネブルクへ転居。(320キロの道程を歩いて行ったといわれる)同地聖ミカエル学校の給費生(合唱団員)となりソプラノ歌手として月給をもらいながら学業を続ける。

ヴァイオリン、ヴィオラ奏者として教会に雇われる。(変声期でボーイソプラノ歌手ができなくなった)

伝統音楽以外に、北ドイツのオルガン芸術とオペラ、フランス音楽に接する。オルガン曲とクラヴィーア曲の作曲をはじめる。
ベーム(作曲家)に影響を受ける。
1702
17
7月
ヤーコビ協会のオルガニスト候補者となる。

〔(第1)ヴァイマル時代〕   1703年(18歳)-1703年(18歳)
年齢
記       事
1703
18
クラスで最優秀の成績で、リユーネブルクでの教育を修了。

3〜9月
ザクセン・ヴァイマル公ヨハン・エルンストの宮廷楽団にヴァイオリンニストとして採用される。

7月3日
アルンシュタットの新オルガンの試奏(調査)で優れた技術を披露。

〔アルンシュタット時代〕   1703年(18歳)-1708年(23歳)
年齢
記       事
1703
18
8月9日
アルンシュタット「新教会」の専任オルガニストとなる。聖歌隊の指導と指揮にも従事。
この時期に熱心にオルガンの演奏技術をみがきオルガン作曲法を詳しく研究した。

マリア・バルバラ(最初の妻)と出会う。
1705
20
8月5日
学生合唱指揮者ガイヤースバッハを宗教局へ訴える。

10月
4週間の休暇を取り、北ドイツリューベックに旅し、ブスクテフーデ(当時最大の音楽家の1人)に学ぶ。(320キロ離れたリユーベックヘ徒歩で旅したといわれる)
バッハはブクステフーデの演奏に魅了されてしまい、4ヶ月間リューベックに滞在する。
1706
21
2月7日
リューベックからアルンシュタットへ戻る。

2月21日
アルンシュタットの聖職議会が、バッハに対し、休暇の無断延長、
 異例なオルガン演奏、聖歌隊指導の不履行について非難する。

11月11日
オルガニストとしての規律違反のかどで宗教局の審問を受ける。
1707
22
4月24日頃
ミュールハウゼンの聖フラージウス教会オルガニスト任用試験に臨む。

6月15日
ミュールハウゼンの聖フラージウス教会オルガニストとなる。(高額の年棒)

6月29日
ミュールハウゼンの聖フラージウス教会との雇用関係が終わる。

〔ミュールハウゼン時代 〕   1707年(22歳)-1708年(23歳)
年齢
記       事
1707
22
9月18日以降
エアフルトのトビーアス・レンマーヒルトの遺産より50グルテンを受領する。

10月17日
マリア・バルバラ(再従妹:この時23歳。1684-1720:36歳)とアルシュタット近郊のドレンハイム教会で結婚。
1708
23
2月4日
BWV71「神はいにしえよりわが王なり」を市参事会員新任式にて初演。

6月5日
BWV196「主よわれらを御心に留めたもう」をドレンハイムにおける、ヨーハン・ローレンツ・シュタウバーとレギーナ・ヴェーデマンとの結婚式にて初演。

6月25日以前
ザクセン=ヴァイマルのヴァイルヘルム・エルンスト公の宮廷にオルガニスト兼宮廷楽師として任用される。

ミュールハウゼンの市参事会に辞職願いを提出。

〔ヴァイマル時代 〕   1708年(23歳)-1717年(32歳)
年齢
記       事
1708
23
6月25以降
ヴァイマルに移り住む。

12月29日
娘カタリーナ・ドロテーア(第1子、長女1708-1774:66歳)受洗。
1709
24
3月
ヴァイオリン奏者ゲオルク・フリードリッヒとピゼンデルと出会う。

イタリア音楽、特にヴィヴァルディの協奏曲を研究。
1710
25
10月26日
タウバッハのオルガン調査及び奉献式。

11月22日
息子ヴィルヘルム・フリーデマン(第2子、長男1710-84:74歳)誕生。

11月24日
息子ヴィルヘルム・フリーデマン受洗。
1713
28
2月23日
双子児のマリア・ゾフィーアとヨハン・クリストフ(第3、4子)誕生。ヨハンは同日没、マリアも後日没。

3月8日
マリア・ゾフィーア埋葬。

8月2日
家族記念帳にBWV1073カノンを記入。

12月13日頃
ヘンデルの生地ハレを訪れる。試験音楽を演奏。聖母教会のオルガニスト選任を受諾。

12月25日頃
ザクセン−ヴァイマル公子ヨーハン・エルンストの誕生日祝賀式に参加。
1714
29
「わがうちに憂い満ちしとき」初演。

2月1日−3月19日
ハレの聖母教会の地位を断念する。

3月2日
楽師長に任命される。

3月4日
BWV54「罪にあらがえ」初演。

3月8日
息子カール・フィリップ・エマニュエル(第5子、3男1714-88)誕生。

4月22日
BWV12「泣き、嘆き、憂い、濯れ」初演。

5月20日
BWV172「歌よ、響け」初演。

6月17日
BWV21「わがうちに憂いは満ちぬ」初演。

8月12日
BWV21「わがうちに憂いは満ちぬ」初演。

12月2日
BWV61「いざ来ませ、異邦人の救主」初演。

12月30日
BWV152「信仰の道を歩め」初演。
1715
30
2月24日
「天より雨くだり雪おちて」初演。

3月24日
BWV80a「すべて神より生まれし者は」初演。

4月21日
BWV31「天は笑い、地は歓呼す」初演。

5月11日
ヨーハン・ゴットフリート・ベルンハルト(第6子、4男 1715-39)誕生。

7月14日
BWV185「おお霊と水の聖なる洗礼」初演。

8月
ザクセン・ヴァイマル公子ヨハン・エルンスト(1696-1715)没。

10月6日
BWV161「来よ、汝甘き死の時」初演。

11月3日
BWV162「ああ、いまわれ婚宴に行かんとして」初演。

11月24日
BWV163「各々に各々のものを」初演。

12月22日
BWV132「道を備えよ、大路を備えよ」初演。
1716
31
1月19日
BWV155「わが神よ、いつまで、ああいつまでか」初演。

4月17日-20日
ハレの聖母教会のオルガン調査に招待される。

5月1日
ハレの聖母教会のオルガン鑑定。

12月6日
BWV70a「目を覚まして祈れ」初演。

12月6日
BWV186a「おお魂よ、憤るな」初演。

12月20日
BWV47a「心と口と行いと生活もて」初演。

〔ケーテン時代 〕   1717年(32歳)-1723年(38歳)
年齢
記       事
1717
32
フランスのオルガン名手、ルイ・マルシャン(1699-1732)とクラヴィーア腕比べが計画される。が、恐れをなしたマルシャンが当日会場に現れなかったという逸話がある。(バッハの弟子アグリーコラによる自伝「故人略伝」より)

8月5日
アンハルト=ケーテン侯レオポルトの宮廷楽長として雇用契約を結ぶ。


ドレスデン旅行。ルイ・マルシャン宛てに手紙を出す。

11月6日
ザクセン=ヴァイマル宮廷に辞任を強要した罪で身柄を拘束される。この獄中、楽器を手にすることができない状況下で「平均律クラヴィア曲集 第一巻」が作曲されたといわれる。

12月2日
拘留期間を終え、身柄拘束から解放される。また、ザクセン=ヴァイマル宮廷の任務からも解放される。(解雇)

12月16日-17日
ライプツィヒのパウリーナー教会でオルガン調査と鑑定。
1718
33
5〜8月
カールスバートへ旅。

11月15日
息子レオポルト・アウグトゥス(第7子、5男 1718-19)誕生。

12月10日
アンハルト・ケーテン候レオポルトの誕生日に、BWV66a「天はアンハルトの誉れと幸いを心にかけたまい」初演。
1719
34
1月1日
アンハルト・ケーテン候レオポルトの誕生日に、BWV134a「日々を歳月を作り成す時には」初演。

3月
ベルリンへ旅。

ケーテンの宮廷が、ベルリンからバッハ自身の設計によるチェンバロを購入。

5月14日-7月26日
ハレにゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルを訪問する試みるが不成功。

9月
息子レオポルト・アウグトゥス(1718-19)没。

9月28日
レオポルト・アウグトゥス埋葬。
1720
35
1月1日
BWV Anh.6「いとしき太陽の光よ、汝を讃えん」初演。

1月22日
「ウィリヘルム・フリーデマンのためのクラヴィーア集」作曲。

5月末
領主レオポルトに従ってボヘミアの避暑地カルスバートに旅行。

7月
妻マリア・バルバラ(1684-1720:36歳)没。結婚13年目の唐突な死。5月の旅行から帰って知る。その時には葬儀も終っていた。

7月7日
妻マリア・バルバラ埋葬。

11月21日以前
ハンブルグに滞在。ヤーコビ教会のオルガニスト就任試験を受ける。BWV21再演。
1721
36
1月1日
BWV184a「歌詞不明」初演。

2月22日
オールドゥルフの長兄ヨハン・クリストフ・バッハ(1671-1721:50歳)没。

3月24日以前
BWV1050「ブランデンブルグ協奏曲第5番」新稿。ブランデンブルグ辺境伯クリスティアン・ルートヴィヒに献呈。

10月27日以前
次兄ヨハン・ヤーコプの弁護士職以来のためエアフルト市参事会に請願。


12月3日
アンナ・マクダレーナ・ヴィルケン(1701-60:59歳。当時21才:宮廷のソプラノ歌手)と再婚。

12月11日
レオポルト公、アンナハルト=ベルンブルク公女フリーデルカ・ヘンリエッタと結婚。
1722
37
「アンナ・マクダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小集第1集」
「平均律クラヴィーア曲集第1巻」完成。

4月16日
ストックホルムで次兄ヨハン・ヤーコプ(1682-1722:40歳)没

12月
「インベンションとシンフォニア」(BWV.772-801)完成。

12月15日以後
エアフルトのマリーア・カタリーナ・レンマーヒルトの遺産より224ターラーを受領。

12月21日以前
ライプツィヒのトーマス・カントルに志願。
1723
38
1月1日
 BWV Anh.8初演。

2月7日
ライプツィヒのトーマス教会でトーマス・カントルの試験にて、BWV22「イエス十二弟子を召して」及び、BWV23「汝まことの神にしてダビデの子」初演。

4月以前
娘クリスティアーナ・ゾフィーア・ヘンリエッタ(1723-26:3歳)誕生。

4月13日以前
アンハルト・ケーテン候に辞職願いを出す。

4月22日
ライプチヒ市参事会 バッハのトーマス・カントル就任を決定。

ケーテンの地を去る。

〔ライプティヒ時代 〕   1723年(38歳)-1750年(65歳:没)
年齢
記       事
1723
38
5月5日
ライプチ聖トーマス教会のカントル(合唱長)に就任。第三候補者としての人選からこの職につく。つまり、バッハは教会から適性な評価を得られてなかった。 俸給もそれまでの1/4に減る。65才で世を去るまでの27年間、この地位を守る。

5月16日
ライプツィヒのパウリーナー教会で最初のカンカータ演奏。
BWV59「われを愛するものをわが言を守らん」初演。

5月22日
聖トーマス教会隣、トーマス学校内の住居に移住。

5月30日
ニコライ教会で最初のカンカータ演奏。
BWV75「乏しき者は食らいて飽くことをえ」初演。

6月1日
トーマス学校でカントル就任式。

6月6日
BWV76「店は神の栄光を語り」初演。

6月13日
BWV21再演。

6月14日
長男ウィルヘルム・フリーデマン、次男カール・フィリップ・エマヌエルがトーマス学校へ入学。

6月20日
BWV24「まじりけなき心」初演。
BWV185再演。

6月24日
BWV167「もろびとよ、神の愛を讃えよ」初演。

7月2日以前
BWV237「サンクトゥス ハ長調」初演。

7月2日
BWV147「心と口と行いと生活もて」初演。

7月11日
BWV186「おお魂よ、憤るな」初演。

7月18日
BWV136「神よ、われを探りて」初演。
ヨハンナ・マリーア・キース追悼式に、BWV227「イエス、わがよろこび」初演。

7月25日
BWV105「主よ、汝の僕のさばきにた」初演。

8月1日
BWV46「見よ、われを襲いしこの痛み」初演。

8月8日
BWV179「心せよ、汝の敬神に偽りなきことや」初演。

8月9日
ザクセン・ゴータ公フリードリヒ二世の誕生日の大学祝典行事に、BWV Anh.20  BWV199 再演。

8月15日
BWV69a「わが魂よ、主をほめよ」初演。
「目覚めよ!祈れ!祈れ!目覚めよ!」初演。

8月22日
BWV77「、汝の主たる神を愛すべし」初演。

8月29日
BWV25「わが健体かならず」初演。

8月30日
市参事会員親任式に、BWV119「エルサレムよ、主を讃えよ」初演。

9月5日
BWV138「汝なにゆえうなだるるか、わが心」初演。

9月12日
BWV95「キリストこそわがいのち」初演。

9月19日
BWV148「その御名にふさわしき栄光を」初演。

10月3日
BWV48「われ悩める人」初演。

10月10日
BWV162再演。

10月17日
BWV109「われ信ず、愛する主よ、信仰なきわれを助けたまえ」初演。

10月24日
BWV89「エフライムよ、われ汝をいかにせん」初演。

10月31日
BWV80b「われらが神は堅き砦」初演。

11月2日頃
シュテルムタールのオルガン調査及び奉献式。
BWV194「こよなく待ち望みたる喜びの祝い」初演。

11月7日
BWV60「おお永遠、汝、いかずちの言葉」初演。

11月14日
BWV90「おそろしき終わり汝らをひきさらう初演。

11月21日
BWV70「目を覚まして祈れ」初演。

11月28日
BWV61再演。

12月22日
ヴィルヘルム・フリーデマン(第2子)、ライプツィヒ大学へ移籍。

12月25日
BWV63「キリスト者よ、この日をほり刻め」
BWV238「サンクトゥス ニ長調」
BWV243a「マニフィカト 変ホ長調」初演。

12月26日
BWV40「神の子の現れ給たまいしは」初演。

12月27日
BWV64「見よ、父のわれらにたまいし愛の」初演。
1724
39
1月1日
BWV190「主に向かいて新しき歌を歌え」初演。

1月2日
BWV153「見たまえ、神よ、いかにわが適ども」初演。

1月6日
BWV62「人びとシバよりみな来たりて」初演。

1月9日
BWV154「いと愛するわがイエスは失われぬ」初演。

1月9日
BWV155再演。

1月23日
BWV73「主よ、御心のままにわが身になたまえ」初演。

1月30日
BWV81「イエス眠りたもう、われ何を望むべき」初演。

2月2日
BWV83「新しき契約の喜び満ちし時」初演。

2月6日
BWV144「おのがものを取りて、行け」初演。

2月7日
BWV144「まことの神にしてダビデの子よ」初演。

2月13日
BWV181「軽薄な心を持てるもの」初演。
BWV18、BWV22再演。

2月26日
息子ゴットフリート・ハインリッヒ(第9子 6男 1724-63 39歳)誕生。

3月25日
BWV182再演。

4月7日
BWV245「ヨハネ受難曲」作曲(第1稿)。

4月9日
BWV31再演。
BWV4「キリストは死の網目につながれたり」初演(?)。

4月10日
BWV66「よろこべ、汝らの心よ」初演。

4月11日
BWV134「おのがイエス生きたもうと知る心は」初演。

4月16日
BWV67「死人の中よりよみがえりしイエス・キリストを覚えよ」初演。

4月23日
BWV104「汝イスラエルの牧者よ、聞きたまえ」初演。

4月30日
BWV12再演。

5月7日
BWV166「汝いずこに行くや」初演。

5月14日
BWV86「まことに、まことにわれら汝に告ぐ」初演。

5月18日
BWV37「信じて洗礼を受くる者は」初演。

5月21日
BWV44「人びと汝らを除名すべし」初演。

5月28日
BWV172再演。
BWV59「われを愛する者はわが言を守らん」初演(?)。

5月29日
BWV173「高く挙げられし肉と血と」初演(?)。

5月30日
BWV184「待ち望みたる喜びの光」初演。

6月11日
BWV204「おお永遠、汝いかずちの言葉」初演。

6月18日
BWV2「ああ神よ、天よりみそわし」初演。

6月24日
BWV7「われらの主キリスト、ヨルダンの川に来たり」初演。

6月24日
ゲーラのヨハネ教会でオルガン調査及び奉献式。救世主教会でオルガン演奏。

7月2日
BWV10「わが心主をあがめ」初演。

7月9日
BWV93「ただ神の摂理に委ねる者」初演。

7月18日
妻アンナ・マクダレーナと共にケーテンで客演。

7月23日
BWV107「汝なにゆえ悲しみうなだれるるや」初演。

7月303日
BWV107「主なる神われらのかたえにいまさずば」初演。

8月6日
BWV94「われいかで世のことを問わん」初演。

8月13日
BWV101「われらより取り去りたまえ、主よ」初演。

8月20日
BWV113「主イエス・キリスト、汝至高の宝」初演。

9月3日
BWV33「ただ汝にのみ、主イエス・キリストよ」初演。

9月10日
BWV78「イエスよ、汝わが魂を」初演。

9月17日
BWV99「神のなしたもう御業こそいと善けれ」初演。

9月24日
BWV8「いと愛する神よ、いつわれ死なん」初演。

9月29日
BWV130「主なる神よ、われらこぞりて汝をほめ」初演。

10月1日
BWV114「ああ、いとしきキリスト者らよ、雄々しかれ」初演。

10月8日
BWV96「主キリスト、神のひとり子」初演。

10月15日
BWV5「われいずこに逃れゆくべき」初演。

10月22日
BWV180「装いせよ、おお愛する魂よ」初演。

10月29日
BWV38「深き悩みの淵より、われ汝を呼ぶ」初演。

10月31日
BWV80b、BWV76再演。

11月5日
BWV115「備えて怠るな、わが霊よ」初演。

11月12日
BWV139「幸いなるかな、おのが神にたよる者」初演。

11月19日
BWV26「ああいかにはかなき、ああいかにむなしき」初演。

11月26日
BWV116「汝、平和の君、主イエス・キリスト」初演。

12月3日
BWV62「いざ来ませ、異邦人の救い主」初演。

12月25日
BWV91「賛美を受けたまえ、汝イエス・キリストよ」初演。
BWV232「サンクトゥクス ニ長調」作曲(第1稿)。

12月26日
BWV121「われらまさにキリストを賛うべし」初演。

12月27日
BWV133「われら汝にありて喜び」初演。

12月31日
BWV122「新たに生まれしみどり児」初演。
1725
40
「アンナ・マクダレーナ・バッハための音楽帳第2集」記載開始。

1月1日
BWV41「イエスよ、いま讃美を受けたまえ」初演。

1月6日
BWV123「いと愛するインマヌエル、敬虔なる者らの将軍よ」初演。

1月7日
BWV124「わがイエスをわれは話さず」初演。

1月14日
BWV3「ああ神よ、いかに多き心の痛み」初演。

1月21日
BWV3「ああ神よ、いかに多き心の痛み」初演。

1月25日
BWV111「わが神の御心のままに、つねに成らせたまえ」初演。

1月28日
BWV92「われ神の御心のままに」初演。

2月2日
BWV125「平安と喜びもてわれはいま」初演。

2月4日
BWV126「主よ、われらを御言葉のもとに守らせたまえ」初演。

2月12日
クリストフ・フリードリヒ・レスナーの結婚式で、BWV Anh.14「汝が祝福は川のごとく流れ」初演。

2月23日
ザクセン・ヴァイセンフェルス公クリスティアンの誕生日に、BWV249a「とくに逃れ消えうせよ、もろもろの思いわずらいよ」初演。

3月25日
BWV1「暁の暁の星のいとわ美しき」初演。

3月30日
BWV245「ヨハネ受難曲」再演(第2稿)。

4月1日
BWV249「来たれ、急ぎ去れ、速やかなる足よ(復活祭オラトリオ)」
BWV4再演。。

4月2日
BWV6「われらと共に留まりたまえ」初演。

4月3日
BWV4再初演。

4月8日
BWV42「この同じ安息の夕」初演。

4月14日
クリスティアン・ゴットフリープ(第10子、7男 1725-28:3歳)受洗。

4月15日
BWV85「われは良き羊飼なり」初演。

4月22日
BWV103「汝らは泣き叫び」初演。

4月29日
BWV108「わが去るは汝らの益なり」初演。

5月6日
BWV87「今までは汝ら何をもわが名によりて」初演。

5月10日
BWV128「ただキリストの昇天にのみ」初演。

5月13日
BWV183「人びとと汝らを除名すべし」初演。

5月20日
BWV74「われを愛する者はわが言葉を守らん」初演。

5月21日
BWV68「かくも神は世を愛し」初演。

5月22日
BWV175「彼は己れの羊の名を呼びて」初演。

5月27日
BWV176「反抗しかつ臆するは」初演。

4月または5月
某大学教授の誕生日に、BWV36c「喜びてはばたけき昇れ」初演。

6月10日
BWV76再演。

6月24日、7月1日、7月8日
テレマンの作品を演奏(曲は不明)。

7月29日
BWV168「務めの報告を出せと轟くいかずちの言」初演。

8月3日
アウグスト・フリードリヒ・ミューラー半背の命名日に、BWV205「破れ、砕け、こぼて」初演。

8月19日
BWV137「主をほめよ、力みつる栄光の王を」初演。

8月26日
BWV164「汝ら、キリスト者と名のる者を」初演。

9月14日
ザクセン選帝候フリードリヒ・アウグストT世に陳情書を出す。

9月19日、20日
ドレスデンのゾフィア教会でジルバーマン・オルガンによる演奏会。

10月31日
BWV79「主なる神は日なり、盾なり」初演。

11月2日
家族記念帖に「In Fine videbitur cujus toni」と記入。

11月3日
ザクセン選帝候フリードリヒ・アスグストT世に陳情書を出す。

11月27日
アンドレーアス・エルマンの結婚式に、BWV34a「喜びて空に昇れ」初演(?)。

12月15日
BWV110「笑いはわれらの口に満ち」初演。

12月26日
BWV57「試練に耐うる者は幸いなりり」初演。

12月27日
BWV151「甘き慰め、わがイエスは来ませり」初演。

12月30日
BWV28「神はほむべきかな、いまや年は終わりり」初演。

12月31日
ザクセン選帝候フリードリヒ・アスグストT世に陳情書を出す。
1726
41
1月1日
BWV16「主なる神よ、われら汝をほめ讃う」初演。

1月13日
BWV32「いちしきイエス、わが憧れよ」初演。

1月20日
BWV13「わがため息、わが涙F」初演。

1月27日
BWV72「すべてはただ神の御心のままに」初演。

2月2日、3日
ヨーハン・ルードヴィヒ・バッハの作品を演奏。

2月4日
スザンナ・ゾフィア・ヴィンクラーのめの追悼式にて、BWV228「おそるな、われ汝と共にあり」初演(?)。

2月10日、17日、24日、3月3日 ヨーハン・ルードヴィヒ・バッハの作品を演奏。

3月6日
ニコライ教会での結婚式音楽で、BWV34a「おお永遠の火、おお愛の源よ」初演(?)。

4月5日
エリザベート・ユリアーナ・フリーデリーカ(第11子、4女 1726-81:55歳)受洗。

4月21日、22日、23日、28日、5月5日
ヨーハン・ルードヴィヒ・バッハの作品を演奏。

5月12日
ヨーハン・ルードヴィヒ・バッハの作品か、あるいは、BWV146「われら多くの艱難を経て」初演(?)。

5月19日
ヨーハン・ルードヴィヒ・バッハの作品を演奏。

5月30日
BWV43「神は喜び叫ぶ声と共に昇り」初演。

6月16日
BWV129「主をほめよ」初演(?)。

6月23日
BWV39「飢えたる者に汝のパンをわかち与えよ」初演。

6月24日
ヨーハン・ルードヴィヒ・バッハの作品を演奏。

6月29日
クリスティーナ・ゾフィーア・ヘンリエッタ(第8子、3女 1723-26:3歳)没。(アンナ・マクダレーナとの第一子)

7月2日
ヨーハン・ルードヴィヒ・バッハの作品を演奏。

7月21日
BWV88「見よ、われ多くの漁る者を遣わし」初演。

7月28日
BWV170「満ち足りる安らい、うれしき魂の悦び」初演。

8月4日
BWV187「彼らみな汝を待ち望む」初演。

8月11日
BWV45「人よ、汝はさきに告げられたり」初演。

8月25日
ヨアヒム・フリードリヒ・フォン・フレミング伯の誕生日に、BWV249「ふり払え、追い散らかせ、かき乱せ、星たちよ」初演。
BWV102「主よ、汝の目は信ずる者を見守りたもう」初演。

8月26日
市参事会員親任式に、BWV Anh.4「エルサレムよ、幸を願え」初演(?)。
ヨーハン・ルードヴィヒ・バッハの作品を演奏。

9月8日
BWV35「霊と心はおどろき惑う」初演。

9月12日以降
アンハルト・ケーテン候子エマーヌエル・ルートヴィヒに、BWV825パルティータTを献呈。

9月22日
BWV17「感謝の供え物を捧ぐる者は、われを讃う」初演。

9月29日
BWV19「かくて戦い起これり」初演。

10月6日
BWV27「たれぞ知らん、わが終わりの近づけるを」初演。

10月13日
BWV47「おのれを高くする者は低くせられ」初演。

10月17日
「われ信ず、愛する主よ、わが不信仰を助け給え」初演。

10月20日
BWV169「神にのみわが心を捧げん」初演。

10月27日
BWV56「われ欣びて十字架を負わん」初演。

10月31日
BWV129「主をほめよ」初演(?)。

11月1日
ライプツィヒ新聞に、BWV825パルティータTの広告掲載。

11月3日
BWV49「われは行きて汝をおこがれ求む」初演。

11月10日
BWV98「神のなしたもう御業こそいと善けれ」初演。

11月17日
BWV55「われ哀れなる者、われ罪のしもべ」初演。

11月24日
BWV52「偽りの世よ、おれは汝によりたのまず」初演。

11月30日
アンハルト・ケーテン候妃シャルロット・フリーデリーケ・ヴィルヘルミーネの誕生日に、BWV36a「喜びて空に昇れ」初演。

12月11日頃
ゴットリープ・コルテ博士の教授就任祝賀に、BWV207「鳴りかわす弦の相和せる競いよ」初演。
1727
42
1月5日
BWV58「ああ神よ、いかに多き心の痛み」初演。

2月2日
BWV82「われ満ち足れり」初演。
BWV83再演。

2月9日
BWV84「われはわが幸に満ち足れり」初演。

4月11日
BWV244「マタイ受難曲」初演(?)。

4月13日
BWV232「サンクトゥス ニ長調」再演。

5月12日
ザクセン選帝候フリードリヒ・アウグストT世の誕生日にて、BWV Anh.9「遠ざかれ、汝らの晴朗なる星よ」初演。

10月30日
息子(八男)エルネストゥス・アンドレーア受洗。

11月1日
息子(八男)エルネストゥス・アンドレーア没。

11月2日
息子(八男)エルネストゥス・アンドレーア埋葬。
1728
43
賛美歌の選定権をめぐるトラブルで、聖職会議との仲がまずくなる。

9月21日
息子(七男)クリスティアン・ゴットフリープ没。

9月22日
息子(七男)クリスティアン・ゴットフリープ埋葬。

10月10日
娘レギーナ・ヨハンナ受洗。

11月19日
旧主アンハルト・ケーテン・レオポルト侯、ケーテンにて没。
1729
44
3月20日以降
コレギウム・ムジークムの指導に従事。

5月2日
「マタイ受難曲」、ライプチッヒにて初演。
1730
45
この年から、教会音楽の作曲に対するバッハの関心は急速に減退。

1月1日
娘(六女)クリスティアーナ・ベネディクタ受洗。

1月4日
娘(六女)クリスティアーナ・ベネディクタ没。

1月5日
娘(六女)クリスティアーナ・ベネディクタ埋葬。

4月15日
「マタイ受難曲」聖トマス教会で初演。

8月
バッハの勤務ぶりが市参事会で問題になり、彼の減俸が満場一致で可決。

8月23日
市参事会に対し、製聖トーマス教会および聖ニコライ教会でのカンタータ演奏の物質的条件に関する上申書提出。

9月17日
「全地で歓呼して神を迎えよ」初演。

10月28日
学友ゲオルク・エールトマン(ダンティヒ在)に宛て、就職依頼の手紙を書く(通称「エールトマン書簡」)。この手紙の内容は自叙伝的で、ライプツィヒでバッハがおかれた立場や家族の状況にも触れ、ケーテンからライプツィヒに移った理由を語る唯一の資料となっている。また、バッハの生活と人間性を知るための、貴重な手がかりを与えてくれる。だが、再就職については、希望に沿った結果は得られなかった。
1731
46
「6つのパルティータ」をクラヴィーア練習曲集として出版。

3月18日
娘(七女)クリスティアーナ・ドロテーア受洗。

3月23日
「マルコ受難曲」(BWV.247)初演。

8月27日
「神よ、われら汝に感謝す」初演。

9月14日
ドレスデンのソフィア教会で、ジルバーマン・オルガンを演奏。

11月30日
妻アンナ・マクダレーナの父、J.Cウィルケ没。

12月2日
「喜びて羽ばたき昇れ」初演。
1732
47
6月21日
息子(九男)ヨハン・クリスト・フリートリッヒ生。

6月23日
息子(九男)ヨハン・クリスト・フリートリッヒ受洗。

8月31日
娘(七女)クリスティーネ・ドロテア没。

9月22日
妻とカッセルに旅。
1733
48
1月17日
コレギウム・ムジークムの祝典(ザクセン選帝候フリードリヒ・アウグスト二世のポーランド王戴冠を祝う)音楽会。

4月25日
娘(五女)レギーナ・ヨハンナ没。

4月26日
娘(五女)レギーナ・ヨハンナ埋葬。

11月5日
息子(十男)ヨハン・アウグスト・アブラハム受洗。

11月6日
息子(十男)ヨハン・アウグスト・アブラハム没。

11月7日
息子(十男)ヨハン・アウグスト・アブラハム埋葬。
1734
49
「クリスマス・オラトリオ」(BWV248)作曲。
1735
50
1月30日
「神もしこの時われらとともになかりせば」初演。

「イタリア協奏曲」(BWV971)、「フランス風序曲」(BWV831)を作曲
「イタリア協奏曲」(BWV971)をクラヴィーア練習曲集として出版。

5月19日
「神をそのもろもろの国にてほめ讃えよ(昇天祭オラトリオ)」初演。

10月
「喜びがわき起り」初演。

10月31日
「われらが神は堅き砦」初演。
1736
51
8月12日
ニコライ教会の礼拝で、トマス教会合唱団と衝突。

8月19日
再度、ニコライ教会の礼拝で、トマス教会合唱団と衝突。

11月19日
「ポーランド王兼ザクセン選挙侯宮廷作曲家」称号を受ける。

12月1日
ドレスデンの聖母教会のジルバーマン・オルガンで演奏会。
1737
52
3月4日以降
コレギウム・ムジクムの指揮者を辞任。

5月4日
ライプツィッヒの音楽理論家ヨハン・フドルフ・シャイベ(1708-76)が、バッハの音楽について「古くさくて過剰」「人為的なもの」と批判する。

9月28日
「たのしきヴィーデラウよ」初演。

10月30日
娘ヨハンナ・カロリーナ受洗。
1738
53
1月8日
ヨハン・フドルフ・シャイベの批判(1737/5/4)に対し、J.A.ビルバウムがバッハを擁護。

2月18日
ヨハン・フドルフ・シャイベが再びバッハを批判。

息子カール・フィリップ・エマヌエルがプロイセンの皇太子フリードリヒのチェンバロ奏者に任命される。

5月
ドレスデンへの旅。

6月24日
「喜べ、贖われし群」初演。
1739
54
3月17日
ライブチヒ市参事会が、バッハに対し受難曲の演奏禁止を通告。

4月2日
ヨハン・フドルフ・シャイベが三度びバッハを批判。

5月27日
息子ヨハン・ゴットフリート・ベルンハルト没。

9月30日
クラヴィーア練習曲集第3部(BWV.552、669-689、802-805)出版。

10月2日
コレギウム・ムジークムの指導者に再任。

11月7日
ヴァイセンフェルスへの旅(〜14日まで)。
1740
55
4月17日以前
ハレへの旅。
1741
56
「ゴルトベルク変奏曲」(BWV988)作曲。
 (不眠症だったカイザーリンク伯爵のために、といわれている)

8月5日以前
ベルリンへの旅。

11月
ドレスデンへの旅。

11月17日
ドレスデンの旅から帰る。
1742
57
「ゴールドベルク変奏曲」をクラヴィーア練習曲集として出版。

長年、バッハの作品の歌詞をつくってきたピカンダーが荘園の領主となる。
「農民カンタータ」(BWV212)作曲。

2月22日
娘(九女)レギーナ・ズザンナ受洗。
1744
59
3月19日
弟子で娘婿のヨハン・クリストフ・アルトニコルがライブチヒ大学に入学。

「平均律クラヴィーア曲集第2巻」 完成。
1745
60
11月30日
ライプティヒがプロイセン軍によって占領される。(第二次シュレージエン戦争)
1746
61

「フーガの技法」の作曲を開始。

エリーアス・ゴットロープ・ハウスマンによる肖像画が描かれる。
1747
62
5月
音楽学術協会」に入会。

5月7日
ポツタ゜ムでフリートリヒ二世のサンスーシ宮殿に伺候。(7日、8日の2日間)

6月
友人ローレンツ・クリフト・ミーツラー創立の「音楽学教会」の会員となる。が、音楽の論理的考察には深入りしなかった。

7〜8月
プロイセン王フリードリヒ二世をポツダム宮廷に表敬訪問。さらにベルリン(2度目)を訪問。この時、バッハははじめてピアノを手に触れたといわれる。(ビアノ:1709頃発明され、ドイツを中心に普及)


7月7日
王フリードリヒ二世に、「音楽の捧げ物」(BWV1079)を献呈。(王自身もフルートの演奏や作曲に秀でていた)

8月8日
ポツダムの聖霊教会でオルガン演奏。

9月30日
「音楽の捧げもの」(BWV1079)出版。
1748
63
9月26日
孫ヨハン・セバスティアン二世誕生。
1749
64
視力を失いはじめる。

「バッハ/フーガの技法」(BWV1080)の作曲を始める。

10月4日
J.C.アルトニコルに長男ヨハン・セバスティアン三世誕生。

10月4日以降
J.C.アルトニコルの長男ヨハン・セバスティアン三世没。

10月21日
 J.C.アルトニコルの長男ヨハン・セバスティアン三世埋葬。
1750
65
全盲となる。

3月
眼の手術(1回目:失敗)。

4月
眼の手術(2回目:失敗)。

7月18日
一時的に視力が回復する。

卒中の発作を起こす。

7月28日 午後9時15分
ヨハン・セバスティアン・バッハ没。あまり人に知られることなく、近親者に見守られ静かに息をひきとったといわれる。

〔没 後 〕 
没後
記       事
バッハの作品が演奏されることはほとんどなかった。当時は、他人が作った曲を演奏する人は芸術家として認められなかった。

長男フリーデマン(1710〜1784)に遺されたJ.S.バッハの楽譜は、金を得るために売られ散逸する。。次男エマニエル(1714〜1788)に渡った分は、費用の都合で出版されず埋もれることとなる。
1754
4
バッハの弟子アグリーコラにより、自伝「故人略伝」が出版される。
1784
34
トーマス教会カントル、ヨハン・アダム・ヒラーが「バッハ伝」を著す。
18
世紀
後半

50
ドーレスが、聖トーマス教会でバッハの作品を演奏。これにより、モーツァルトがバッハの作品を知る。モーツアルトは、「久しぶりで学ぶに足る曲に出会った」と感嘆し、楽譜の写しをもらう。

ベートーベンは、バッハの「平均律クラヴィーア曲集」を勉強し、これを自分の「音楽上の聖書」としていた。

ゲーテは、「平均律クラヴィーア曲集」を聞いて賞賛の言葉を残す。
1802
52
ヨハン・ニコラウス・フォルケスが「バッハ伝(「ヨハン・セバスティアン・バッハの生涯、芸術および作品について」)」を著す。
1829
79
「マタイ受難曲」が、メンデルスゾーン(20歳)によって演奏される。それを聴いたヘーゲル(哲学者)が大変な感心を示し、自著「美学」で、「マタイ受難曲」について書き記す。

今日バッハを聴くことができるのはメンデルスゾーンの功績である。が、メンデルスゾーンはユダヤ人であったため、後のナチス政権によってその功績は無視されることとなる。
 リストが、バッハのオルガン曲を編曲する。
(BACHによる大フーガ作曲)
1850
100
「バッハ協会」成立。

カール・ヘルマン・ビッターが「バッハ伝」を著す。
1851
101
バッハの作品の大全集の編集が始まる。(旧バッハ全集:1899完成)
これを機に、バッハの音楽が急速に普及する。
1873
123
フィリップ・ジュビッタが「ヨハン・セバスティアン・バッハ」第1巻を著す。
1880
130
フィリップ・ジュビッタが「ヨハン・セバスティアン・バッハ」第2巻を著す。
ブラームスは、新しく出版されたバッハの楽譜、関連書籍の本を研究するために、食事を切り詰めて費用を捻出した。

ストラビンスキーは、
「バッハのカンタータは、すべての音楽家の学習の中心部分にあるべきである」
と主張した。
1900
150
(旧)バッハ協会解体。(旧バッハ全集の完成による)

新バッハ協会発足。
新バッハ協会が「バッハ年鑑」を刊行。
1945
195
バッハの音楽をオリジナルに近い形で聴けるようになる。(それまでは亜流の解釈や、改作されて演奏されることが多かった)
1985
235
生誕300年を機に、バッハへの関心は国際的に高まり、出版された文献は著しい数にのぼる。

〔J.S.バッハの子供たち〕
続柄
名    前
生年
没年
享年
第1子
1女
カタリーナ・ドロテーア
1708
1774
66
マリア・
バルバラ
第2子
1男
ヴィルヘルム・フリーデマン
1710
1784
74
第3子
2女
マリア・ゾフィア
1713
1713
0
第4子
2男
ヨーハン・クリストフ
1713
1713
0
第5子
3男
カール・フィリップ・エマニエル
1714
1788
74
第6子
4男
ヨハン・ゴットフリート・ベルンハルト
1715
1739
24
第7子
5男
レオポルド・アウグストゥス
1718
1719
1
第8子
3女
クリスティアーナ・ゾフィア・ヘンリエッタ
1723
1726
3
アンナ・
マクダレーナ
第9子
6男
ゴットフリート・ハインリヒ
1724
1763
39
第10子
7男
クリスティアン・ゴットリープ
1725
1728
3
第11子
4女
エリーザベト・ユリアーナ・フリーデリーカ
1726
1781
55
第12子
8男
エルネストゥス・アンドレーアス
1727
1727
0
第13子
5女
レギーナ・ヨハンナ
1728
1733
3
第14子
6女
クリスティアーナ・ベネディクタ
1730
1730
0
第15子
7女
クリスティアーナ・ドロテーア
1731
1731
1
第16子
9男
ヨーハン・クリストフ・フリードリヒ
1732
1795
63
第17子
10男
ヨーハン・アウグスト・アブラハム
1733
1733
0
第18子
11男
ヨーハン・クリスティアン
1735
1782
47
第19子
8女
ヨハンナ・カロリーナ
1737
1781
44
第20子
9女
レギーナ・ズザンナ
1742
1809
67